やまんばの在り方に学ぶこと

このところの酷暑に、すっかり参ってしまいます。
気力も体力も失せ、それでも何とか、エアコンとスポーツドリンクの助けを借りて、普段の生活ペースを死守する毎日です。

しかし、暑くても辛くても、勤め人なら仕事、学生なら勉強、スポーツ選手ならスポーツを、無理にでもやらなければならない現代社会の忙しない回転速度に、疑問がわいてきます。

暑い国の人々は、一般に、もっとのんびりゆったり暮らしているものです。
それが、その土地で生きていく上で最適なペースだからです。

日本でも、たとえば学生には長い夏休みがありますが、、、
のんびり涼んでなんていられません。
夏休みには、普段以上の宿題があり、休み明けには試験があり、部活の練習も試合もあり、
いったいどこまでの頑張りを、この暑さの元で強いられるのでしょうか。
頑張らなければ、競争に負け、将来の選択肢が無くなっていくのでしょうか。
私たちは、どこまでスパルタ式な生き方を、誰のために目指さなければならないのでしょうか。

もっとちがう生き方、生活のスタイルがある気がします。
空の声、地の声、波の声を聞いて、それに順応する暮らし方を、私たちの祖先はしてきた筈です。
それがいつの間に、経済効率が最優先されるようになり、電力や移動、通信手段やさまざまな技術に大いに依存する形で、自然がもたらす変化と私たちを『隔絶しようとする』ライフスタイルが主流になっています。

まるで自然VS人間の力くらべのようですが、この勝負に勝ち目が無いことを、福島の原発事故が語っています。
人間が自然に抗い、より強大な力を振りかざす度に、自然界はそれを軽々と、私たちに投げ返してきます。

無理をして、力任せに現実を歪めるのではなく、現実を受け入れ、現実と共存するための距離感を、私たち一人ひとりが考えながら選んでいく姿勢を持ちたいものです。

やまんばは、自然の中で独立して暮らし、異形な存在ながら、時に人間との関わりを持つこともありました。自然の豊かさを享受し、周りに依存せずにひっそりと暮らしたやまんばのような慎ましさを、私たちは、今こそ見習うべきなのかもしれません。

(文: 間谷  純)

清と濁のマジック 〜やまんばと子どもたち

街の、アマチュアアーティストが出演する、小さなコンサートに出掛けました。

前半では、幼い女の子とおばあさんによるピアノの連弾がありました。

後半は、中学生による、童謡などのコーラス。
澄み渡る歌声は、会場の空気も、観客の心も瞬時に洗い清めてくれるようです。

森山直太朗さんの名曲「さくら」を歌い上げる合唱隊の歌声に耳を澄ませていた時に、私の隣に座っていた年配の女性が、低く囁くように、一緒に歌い始めました。

真っ直ぐ上に上に、高く響く中学生の声とはまるで対照的な、低くハスキーな、味わい深い歌声。
この奇蹟的なハーモニーが、続けて震災復興ソング「花は咲く」を奏でます。
同じ歌、同じ歌詞が、重層的に、それぞれの物語を紡いでいくようです。

歌というものが露わにさせる、人生の、命の本質を垣間見た、と感じました。

私が映画の中で描くやまんばも、歌います。
歌うというよりも、唸ることで意思表示や感情表現をします。
文明社会の中にいる人間から見たら、やまんばは理解し難く恐ろしい存在に映るでしょう。
一方、やまんばを取り巻く子供たちは、感情のままに遊んだり躍ったりします。

やまんばの情念と、やまんばの子供たちの無邪気な心、そして人里に住む子供の抱える閉塞感。
それぞれの魂の奏でる歌声が、今日、私が体感した偶発的なハーモニーのように、超越的な深み、味わい、複雑さ、説得力を帯びてくれることを願います。

(文: 間谷 純)

やまんばの生活

山のふもとに住みはじめて1か月あまり。
毎日が慌ただしすぎたのか、それとものんびりしすぎたのかわかりませんが、まるでタイムワープでもしたかのように、あっという間にひと月が経っていました。
そして相変わらず、「やまんば映画」の脚本は進みません。。

育児と仕事と家事と創作を並行しておこなうことの難しさを実感するばかりです。

やまんばは、子沢山だといわれています。
すると、やまんばの生活はにぎやかで、毎日が変化に富んでいたのかもしれません。
やまんば達は日々、何を見、何を聴き、何を想って過ごしているのでしょうか。

今度の週末は、やまんば達の暮らしを確めるために、山に入ることにします。

(文:間谷 純)

やまんば見習い中

先月は「やまんば映画」の脚本が進まず苦しんでいましたが、その後一か月、ますます制作が遠のいています。
なぜなら、つい一昨日に、10年半住んでいた場所から引越しをしたからです。
ひたすら引越しの準備や作業に追われ、心身とも疲労困憊の今日ですが、新しい住居は築30年以上になる古い団地の最上階で、ベランダの向こうには、青々とした山が連なっています。
いよいよ、山のふもとに住み始めたのです。

今はまだ、心にゆとりがないので、山との対話ができていませんが、山や空に導かれて、いずれ私もやまんばの一員になれるような気がして、ワクワクしています。

まずは身辺を整えて、きっと来月には、良い脚本を書き上げようと思います。